動物愛護関連の情報と、独学ピアノの記録。

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弾き方について納得

vicさんの記事で、「客観的に弾く&のめりこんで弾く」というのを読んで、すごく納得しました。それで頭がスッキリしたので、今日はそのことを書かせていただきます。

vicさんいわく、「世界に入り込む自分が強いか、客観的な自分が強いか」ということなんですが、自分は後者だと思いました。

今まで上手く言葉に出来なかったけれど、最近、感覚的に、「自分の中で、作者が何を感じたのかが自分の中に入ってくる曲を選ぶ」ようになってから調子よくなってきていたのです。

つまり例を出せばこういうこと、僕はモーツァルトソナタ イ短調を弾きたいと思いました。それは、モーツァルトが母親の死の直後につくった曲ということでした。僕はそれを聴いて、その情報を知って思いました。自分の母親が死んでも自分はこういう気持ちにはならないだろう。一番大事な凪が死んだときにでも、こういう気持ちにならず、別なように感じるかもしれない。けれども、モーツァルトのこの曲での気持ちが想像出来る!つまり、自分なりに「理解」できる気がする。そして、それを表現したいと思うに至りました。(どう自分なりに理解したかを文章にしてもいいのだけれど、感覚を言葉にしようとすると多大なる労力を使うし長くなるので、曲をアップしたときにしようかと思う。ただ、自分なりに理解できる気がする(他者のことなので「分かる」とは決して言わない)ということは、そのような感情を全く知らないというわけではなく、その他のときに経験したことのある感情なのだろう。)

自分はどちらかというと「客観的」に弾くほうなんだろうけど、もちろん、心情的には好きな曲を聴いて内心「のめりこむ・陶酔する」こともよくあります。でも、そのままだとどう弾いていいか分からなくなるのです。どう弾いていいか分からなくなると、ただの「どや!」(と言えるようなテクニックはなくても、テクニック偏重という意味で)みたいな演奏になってしまってたのだと思いました。そういうときに自分の場合は違和感を感じていたのだなあと。

モツソナ イ短調は自分の中で、なんとなく上手くいくような気がしてます。
テクニックが追いつけば!ww

モツソナ イ短調で一番好きな演奏動画、こんなふうに弾きたいというイメージに一番近い↓

コメント

どうも。

いわゆる「どや!」演奏の代表、シュナちゃんですw
ちっとも技術なんて無いんですけどww

何と言うか、今までそんなに
イメージが膨らむような曲に挑戦していないというのもありますけど。
全く曲に対してのめり込む事が出来ないですねー

昔、シュナちゃん鍵コメにて
表現について、相当叩かれた事ありましてw
初心者でも、表現を入れて弾かないのでは
全く意味が無いと断言されたのですよ。
シュナちゃんがアップしている演奏は、全く意味が無いとw

しかし、シュナちゃん思うに。
表現を出すにはある程度の技術は必要かと。
表現する手段を持たなければ、いくらイメージしても
あんまり意味が無いのかしら?なんて思うのです。

今ではツェルニーとか、技術練習に没頭ししておりますがw
自分が必要と感じた時や、これこそ表現できる!と感じた時に
無理なく少しずつ実現出来れば良いなーと考えております。

あ、何だか自分語りスミマセンw
思うトコあったモノでww
技術性と主観性にということとは別の軸に対して、
楽しむと聞かせるという軸があると思います。
一番難しいのは技術的な事が完成した上で
その曲に対しての状況や思いを乗せることであり、
その演奏を楽しんで聴いている人が感動することだと
思いますが、
私は基本的に聴いている人が私の演奏で
どう思うかは全く気にしていませんので、
自分が楽しんでいるだけです。
野田さんが練習曲ばかりやっていて技術をどうだ!
と見せていると見られているとしたら、
それはちょっと違う感じで、野田さん自信が
曲を聞かせたいというのと、曲の主観性を表現したいという
事が全く無く、ただただピアノそれ自体を楽しんでいて
ひたすら、技術的に個人的にうまくなりたいだけだったりします。
ただし、ブログを始めてからは
自分が楽しんでいることを楽しんで欲しいというのはあります。
蒼鳥さんが「どや!」というのは
野田さん的にはテクニックを見せたいというのではなくて、
のめりこんでいる曲に対する主観を見せたいのだと
感じていました。選曲が技術的なものにこだわったものが
少なくて、演奏からとてもピアノを楽しんでいるなぁ
と感じる事ができたからです。
「どや!」ということとピアノを楽しむことは
相反する事だと思うので、両立できていたとしたら
それはすばらしい事だと思います。
vicさんの記事を読んで、自分はどっちかな~と考えたんですけど・・・よくわかりませんでしたw 


私も蒼鳥さんは客観的で冷静な感じがしていましたが、曲に対しての気持ちは熱いですよね!!
曲の背景を考えて、自分だったらどうだろう、作曲者と同じ思いじゃなくても理解して弾きたい、というのはすごく難しいし、パワーがいることだと思います。

私はそこまで考えず、ただ弾いて、あ、楽しい♪ と言う感じで・・・なんとも脳天気で恥ずかしくなって来ましたwww

この動画、いいですね!!!!
蒼鳥さんのモツソナがますます楽しみになりました♪
> どうも。

どうも!

> いわゆる「どや!」演奏の代表、シュナちゃんですw
> ちっとも技術なんて無いんですけどww

シュナさんと野田さん、2人は近い感じがしています。
その理由は野田さんへのレスで後述しますね。

> 何と言うか、今までそんなに
> イメージが膨らむような曲に挑戦していないというのもありますけど。
> 全く曲に対してのめり込む事が出来ないですねー

ということは、のめりこむ曲に挑戦すると、何か発見があるかもしれないと思います。でも、全くのめりこまないクールな演奏というのも極めたら芸だと思います。シュナさんがやっている中ではソナチネはクールに弾くことを要求されるようです。

> 昔、シュナちゃん鍵コメにて
> 表現について、相当叩かれた事ありましてw
> 初心者でも、表現を入れて弾かないのでは
> 全く意味が無いと断言されたのですよ。
> シュナちゃんがアップしている演奏は、全く意味が無いとw

鍵コメ事件ありましたね。
(あのとき、それまでの書き込みの印象から「ん?」と思う人がいたので、ついクセで犯人予想をしてしまいましたw)
シュナさんは同時、バイエルを弾いておられましたが、確かに、バイエルも「陶酔」して弾こうと思えば不可能ではないと思いますし、それはそれで面白いかもしれませんが、バイエルという教本で初心者に求められていることはそういうことではないと思います。ツェルニーも同様に感じます。
その鍵コメさんの言う「表現」というのが、何を意味するのか分からないのでなんともいえないのですが、もし、楽譜に書いてあるように、強弱を入れるとかブレスをとるとかそういうことで変わる部分であれば、単に技術の問題で、それはシュナさんは確実に上達されていると思います。

> 今ではツェルニーとか、技術練習に没頭ししておりますがw
> 自分が必要と感じた時や、これこそ表現できる!と感じた時に
> 無理なく少しずつ実現出来れば良いなーと考えております。

技術練習曲の方がは技術そのもののアップは速いですよね。
僕は鍵盤楽器歴が9年にもなってしまいますが、シュナさんはまだピアノ初めて1年で、今後の方向性も可能性も未知だと思います。
シュナさんの今後の演奏も楽しみにしています。

> あ、何だか自分語りスミマセンw
> 思うトコあったモノでww

いえいえ、興味深く読ませて頂きました。
> 技術性と主観性にということとは別の軸に対して、
> 楽しむと聞かせるという軸があると思います。

なるほど、面白いです。

> 野田さんが練習曲ばかりやっていて技術をどうだ!
> と見せていると見られているとしたら、
> それはちょっと違う感じで、野田さん自信が
> 曲を聞かせたいというのと、曲の主観性を表現したいという
> 事が全く無く、ただただピアノそれ自体を楽しんでいて
> ひたすら、技術的に個人的にうまくなりたいだけだったりします。

それは野田さんのピアノに対する姿勢と、丁寧でまろやかな音と演奏から伝わってきます。
練習曲をする=技術どうだ!とは思いません。
野田さんが下で言われているように、選曲やその弾き方から「技術どうだ!」ということを感じる演奏はユーチューブなどで聴いたことがありますが、逆も真なりではないように思います。
野田さんの演奏からは、ピアノの技術に対する真摯で堅実な姿勢が伝わってきます。
練習曲を最初から1曲ずつ進めるという練習の仕方も同様に。
そういう意味ではシュナさんも野田さん同様です。

>ただし、ブログを始めてからは
>自分が楽しんでいることを楽しんで欲しいというのはあります。

うんうん、ブログはそういう楽しみ方を含む媒体ですよね。

> 蒼鳥さんが「どや!」というのは
> 野田さん的にはテクニックを見せたいというのではなくて、
> のめりこんでいる曲に対する主観を見せたいのだと
> 感じていました。選曲が技術的なものにこだわったものが
> 少なくて、演奏からとてもピアノを楽しんでいるなぁ
> と感じる事ができたからです。

自分で、上手くいってないんじゃないかと思っていたことの多々ある演奏から、そういう風に感じて頂けて嬉しいです。
野田さんの聴く耳と、あと曲に対する知識の豊かさから分かる人は分かるのだと思いました。

> 「どや!」ということとピアノを楽しむことは
> 相反する事だと思うので、両立できていたとしたら
> それはすばらしい事だと思います。

そうですね、最初に言われた、楽しむと聴かせるですね。
本当に、両方実現できたら素晴らしいなあ!自分の目標です!
> vicさんの記事を読んで、自分はどっちかな~と考えたんですけど・・・よくわかりませんでしたw 

個人的にはめめさんはバランス型に入るように思います。
でも、僕よりは「のめりこみ」寄りに感じています。

> 私も蒼鳥さんは客観的で冷静な感じがしていましたが、曲に対しての気持ちは熱いですよね!!

そうだと思いますwそして、その思いが時々からまわりしています;w
文章でもよくあります、自分の胸の内には想いがあるのだけれど、なんと言ったらいいか分からん!!ってやつ。

> 曲の背景を考えて、自分だったらどうだろう、作曲者と同じ思いじゃなくても理解して弾きたい、というのはすごく難しいし、パワーがいることだと思います。
> 私はそこまで考えず、ただ弾いて、あ、楽しい♪ と言う感じで・・・なんとも脳天気で恥ずかしくなって来ましたwww

いやいや、自分にとってはむしろ、「楽しい」であれだけ豊かに弾けることがすごいことだと思います。
自分の場合、自分の熱っぽい心情を語ろうとしてなんと言っていいか分からなくて空回りするよりは、他者の方に視点が向くことの方がしやすいのです。

> この動画、いいですね!!!!
> 蒼鳥さんのモツソナがますます楽しみになりました♪

技術的に達者で楽に弾いているようで、重いところは重い、この動画とても気に入っています。
今1ページ譜読みしたところですが、技術的にもギリギリな感じで、イメージ自体が大体湧いていることもあって、それをどうしていくかと面白く感じています。
めめさんのワルツエチュードみたいに時間をかけてやっていきたいと思っています。
超絶技巧でも、やっぱそれだけじゃぁ聴いてる方もなんだかなぁ、ですからなぁ。。
わあ!こちらでもお話ししてくださってありがとうございました!
リンクしてくださったお陰で、えめさんがご訪問してくださいました!

シュナちゃんの

>表現を出すにはある程度の技術は必要かと。
>表現する手段を持たなければ、いくらイメージしても
>あんまり意味が無いのかしら?なんて思うのです。

と言う言葉
耳が痛いですね~本当にその通り!
私は技術が全然ないくせに
一人で悦に入って「どや!」と言っているようなものだと思います。

蒼鳥さんの「モーツァルトが母親の死の直後につくった曲」という解説がなかったら
そんな風には聞こえなかったと思います。
メロドラマのような、演歌のような、「悲しい」という気持ちにストレートに向かっている曲ではありませんね。

モーツァルトが母の死をどのように感じ、それを蒼鳥さんがどのように理解し、どのように入り込んで演奏してくださるのか、とても楽しみです!
プロの中にも、「ただの超絶技巧」と感じる人は確かにいましたが、それはそれでなんか退屈だなと思ったものでした。個人的な好みといえばそうなのだろうけれども。
> わあ!こちらでもお話ししてくださってありがとうございました!
> リンクしてくださったお陰で、えめさんがご訪問してくださいました!

こちらこそ、刺激的な記事だったので、こちらでも話したくなりました。
えめさんとの出会い、良かったなあと思いました!

> と言う言葉
> 耳が痛いですね~本当にその通り!
> 私は技術が全然ないくせに
> 一人で悦に入って「どや!」と言っているようなものだと思います。

どっちも「どや!」になるのですねww

> 蒼鳥さんの「モーツァルトが母親の死の直後につくった曲」という解説がなかったら
> そんな風には聞こえなかったと思います。
> メロドラマのような、演歌のような、「悲しい」という気持ちにストレートに向かっている曲ではありませんね。
> モーツァルトが母の死をどのように感じ、それを蒼鳥さんがどのように理解し、どのように入り込んで演奏してくださるのか、とても楽しみです!

きっと、モーツァルトは自分の感情にストレートに向かうタイプではないのだろうと想像しています。ソナタで短調のものはたったの2曲しかないということもあり。この曲からはショックを受けたときの「これは夢ではないのか」、という感じ(回想シーンのように感じる部分もある)と、現実とが交錯する中で、一瞬の時間がものすごく長く感じるような疾走間を感じます。そして、それが現実であることへの怒りのようなものも。・・・と少し感想を書いてみましたw
こちらの記事とvicさんの記事それと皆さまのコメントをとても興味深く読ませていただきました。

で、自分がどちらかを考えた時に・・・。うーん。まだまだわかんないー。まだ曲といえるものは数曲しか弾けないですし。
ただ私は、自分も相手も楽しくなる演奏をして、最後に「どや顔」をしてみたいです(笑

蒼鳥さんは客観的な方ですよね。めめさんのご指摘どおり熱い方だと私も思っておりましたが。いろいろ考察しながら弾いてらっしゃるので多分左脳派かなーと思いました。もしかして、腕や指を組んだとき右側が上にきませんか?(笑

ここから先は余談でなに書いてるのかコイツとか思われるかもしれませんが・・。

写真をそれで食べてらっしゃる方が冗談まじりに言っていたことなんですが、
ファインダーを覗く目が右目の方は左脳派、左目の方は右脳派だそうです。
プロを目指す人で左脳派の人は、プロの写真家として食べていける確立が高いそうです。どこをどうやって撮って結果どうなるか計算できて顧客の欲しい写真をとれるから。撮りながら自分の写真を客観的に思い浮かべることができるんですよね。
右脳派の人はそんな計算ができなくて、感覚で「これいい」って思ったのを撮っちゃうそうです。プロでは稼げないけど、中には知らないうちにNYなんかに行っちゃって個展とか開いちゃったりするそうです(笑

こちらの記事と関連コメントを読んで、そんな話を思い出しました。
蒼鳥さんは左脳派ですか?右脳派ですか?それともバランス型でしょうか?
http://luckybrains.zero-yen.com/shindan.htm
失礼いたしましたー。








> で、自分がどちらかを考えた時に・・・。うーん。まだまだわかんないー。まだ曲といえるものは数曲しか弾けないですし。
> ただ私は、自分も相手も楽しくなる演奏をして、最後に「どや顔」をしてみたいです(笑

小葉さん、どっちだろう。曲の仕上がりがきっちり丁寧という印象があること、バーナムをこつこつやっているあたりは、僕から見ると客観性つよいように感じます。
実際の実力をつけて「どや!」ってむしろいいですよね!

> 蒼鳥さんは客観的な方ですよね。めめさんのご指摘どおり熱い方だと私も思っておりましたが。いろいろ考察しながら弾いてらっしゃるので多分左脳派かなーと思いました。もしかして、腕や指を組んだとき右側が上にきませんか?(笑

これ、以前似た感じのを見たことがあって、右脳派だと思ってました。
今日サイトを見てやってみたら、やはり左が上、右脳派でした。
もう1つのテストでも右脳派でした。
インプットは右脳だと実感していたけれども、アウトプットもそうなのか・・・
でも、本当は自分でも分かってるんですよね。本当は論理的に「話す」のが自分にとってものすごく難しいということを。文章は時間をかけて考えてから書けるのでいいのだけれど、リアルで話すと何言っているのか分からんとよく言われますww言いたいことのイメージは自分の中であるのだけれども、それをすぐに言葉に変換出来ないのです。

> 写真をそれで食べてらっしゃる方が冗談まじりに言っていたことなんですが、
> ファインダーを覗く目が右目の方は左脳派、左目の方は右脳派だそうです。

あ、これは右目でした。

> プロを目指す人で左脳派の人は、プロの写真家として食べていける確立が高いそうです。どこをどうやって撮って結果どうなるか計算できて顧客の欲しい写真をとれるから。撮りながら自分の写真を客観的に思い浮かべることができるんですよね。
> 右脳派の人はそんな計算ができなくて、感覚で「これいい」って思ったのを撮っちゃうそうです。プロでは稼げないけど、中には知らないうちにNYなんかに行っちゃって個展とか開いちゃったりするそうです(笑

ああ、でも計算は出来なそうというか、したくないですねw
自分の美意識に忠実でいたいというのが強くて曲げられなそうです。
でも、ブログの文章は、人に分かるようにと一生懸命に説明しようとして客観的になり、ピアノも自分の持っている技術を駆使して、曲が壊れないように、人が聴くのだからと強く意識してそうなっているのかもしれないと思いました。
先日はコメントを頂きまして、ありがとうございました。

野田恵○さんのリンクより、何度かお伺いしていたのですが、本文&コメントの高度な内容にオツムの格差(社会よ、ピアノにまでか!)を感じ、スゴスゴと読み逃げを繰り替えしてしまいました。
ご挨拶もせずにお許し下さいませ。

ハンドルネームといい、ブログの雰囲気といい、とっても好みの合うお方だと勝手に親近感だけは覚えています。(って、野田さんにはどうなの?)
この機会に、お話の内容をさらに咀嚼致しまして、なんとか次回からは本筋にコメントを残せるようになりたいと思います。
どうそ、今後ともよろしくお願い致します。

それから、事後報告になってしまいましたが、これが最初で最後のコメントにならないように、リンクさせて頂きました。
ご迷惑なら、ご連絡下さいませ。
訪問とコメントありがとうございます。

読み逃げも全然構いませんが、コメントは大変嬉しいです!

リンクもありがとうございます、こちらからもさせていただきます。
こちらこそ、萩さんのブログの文章、ピアノへの向き合い方に興味を持ちましたので、これからよろしくお願いします。
ども、遅くなりました。
のめり込み演奏代表のヤスタネです。
皆さんの意見を聞いてて、なるほどと思うものの
難しくて分からず、いろいろ考えていました。
が、未だに分かりません。

読んでて自分にちょっと似てるなと思うコメが野田さんでした。
自分には「どや!」とかが全然なくて、
ただ自分が弾きたくて弾いてるだけなんですよね。
ピアノの音の中に包まれてる気分が好きで
弾いてる。正直言うと。作曲家の意図とかも
どーでもいいという不遜なことを思っていました。
楽譜の指示守らないのは、ポピュラーの楽譜を信用していなかった
からで(他人がコピーして書いた楽譜が多いし)、
『楽譜は不完全なもの、そこに自分の解釈を加えないと
音楽にはならない』とずっと思っていました。
まあ、それまでクラシックの曲をほとんど弾いたことが
なかったからなわけです。
今は、クラシックは別物と思うようになりましたけど。

綺麗な音を出したいけど、同じ曲だけ練習してても
ちっとも綺麗にならない‥自分の音が汚くてのめり込めない。
これはなんとかしなければと、改めてちょっとずつ
基礎や技術を練習する気になったのがブログ始める
直前だったわけです。(気づくの遅すぎ!)

何にせよ、自分が楽しむのが目的なので真剣さで
他のピアノブロガーさんに負けてますが、
ブルグのおかげで「好きでない」と思っていた曲でも
丁寧に弾けば、弾いてるうちに好きになれるということ
だけは、ちょっと分かってきたような気がしてます。
自分も色々と分からんのですが、こうして考えることが面白く興味深いです。
分かる分からないは重要でないような気がしてます。

> 自分には「どや!」とかが全然なくて、
> ただ自分が弾きたくて弾いてるだけなんですよね。
> ピアノの音の中に包まれてる気分が好きで
> 弾いてる。正直言うと。

それいいですね。
それは、本当にピアノを弾いていて楽しいと思います。

> 楽譜の指示守らないのは、ポピュラーの楽譜を信用していなかった
> からで(他人がコピーして書いた楽譜が多いし)、
> 『楽譜は不完全なもの、そこに自分の解釈を加えないと
> 音楽にはならない』とずっと思っていました。

そういえば、とりわけポピュラーだとそうだなあ。クラシックでも簡易アレンジされた楽譜を弾くとそういう感じがするように思いました。

> まあ、それまでクラシックの曲をほとんど弾いたことが
> なかったからなわけです。
> 今は、クラシックは別物と思うようになりましたけど。

クラシックは割と、「それこそがその作曲家の曲を演奏するに当たって必要なものだ」というのがあるようですね。

> 綺麗な音を出したいけど、同じ曲だけ練習してても
> ちっとも綺麗にならない‥自分の音が汚くてのめり込めない。
> これはなんとかしなければと、改めてちょっとずつ
> 基礎や技術を練習する気になったのがブログ始める
> 直前だったわけです。(気づくの遅すぎ!)

何か気づいて方向が変わるところってありますね。
次の記事に書いたけれど、丁度自分が今そんな感じで、バイエル→ブルグ25→ソナチネなどの多くを弾き逃げしたあたりで、考えて気が付くことがありました。

> ブルグのおかげで「好きでない」と思っていた曲でも
> 丁寧に弾けば、弾いてるうちに好きになれるということ
> だけは、ちょっと分かってきたような気がしてます。

確かに、弾き込んで気が付くこともありますね。
自分の場合は、以前まであまり、曲の好き嫌いがなかったように思います。
どれでも、まあそれなりに好きというような感じでした。
とにかく弾け弾けで弾き逃げしていたのであまりのめりこむ余裕もなかったのかもしれません。
でも、最近は好きな曲・表現したいという意識が強く出てきたようです。
同時になぜか、あまり好きでない曲も意識することになったけど、それもきっと、はやく上手くなりたいとだけ思っていた弾き逃げの頃からすると、いい意味で余裕が出来たという成長なんだと思っています。

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