動物愛護関連の情報と、独学ピアノの記録。

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小説・エリートサラリーマン第2回(全5回)

   彼は、エレベーターで彼の課のある8階から降りると、会社の玄関の自動ドアを出て、自分の車の停めてある駐車場へと向かった。彼は体に少し疲れを感じ、足が重く感じた。もう社員達の車も少なくなった駐車場に、ぽつんと斜め上にある街灯の光を受け、表面の輝いた彼の自慢の高級車がある。彼はドアを開け、車に乗り込むと、小さくため息をついた。

「……仕方ないか、俺は仕事が出来るんだ。あいつらより。」
彼は胸がもやもやした。言いようのない不快感を感じた。あるいは痛みだったのかもしれない。しかし、もう一度つぶやいた。
「ま、仕方ない。」
彼は車のエンジンをかけ、ライトをつけ、バックミラーの向きを直し、車をバックさせて出そうとしたが、バックミラーに前髪の乱れているのがちらりと映ると、いつもの癖で前髪を指で整える。そのとき、彼の顔がミラーに映った。つかれた表情、なんだかやつれて見える。そして、なぜか寂しそうにさえ。彼はつぶやいた。
「いけないなあ。」
そして少し首を傾げると、
「少し疲れているのかなあ。早く帰って寝るか。」とまたつぶやき、車を出そうとしたその時だった。
誰かが会社の正面に近い角の方角から彼の車に向かって走ってきていた。手には、何やら書類らしきものを持っている。車をバックさせようとしていた彼は、その姿が目に入ると車の窓を開けた。
「松田さーん。」窓が開いたのを見て、その人物は叫んだ。総務課の若い男性社員だった。彼は広義の車までたどり着くと手に持っていた書類を渡して説明しようとした。
「すみません、これ、今日中にと言われていたものなんですけど。どうしても向こう側との連絡が。」
広義は答えた、
「ああ、OK、OK。俺の方でなんとかなるようにしておくから。」
広義は、軽く右手を上げていつもの笑顔になった。
「いいんですか?本当にすみません。」
「OK、俺の机の上に置いててくれるかな。」
「はい、分かりました。」
「じゃ、お前も気をつけて帰れよ。」
「はいっ。」
広義は、総務課の社員にむかって軽く右手を挙げ、「じゃーな。」と言うと車を出そうとした。総務課の社員はぺこりと頭を下げると会社のほうに小走りに戻っていく。例えその時の体調や気分、感情面が不安定であろうとも、人が来ると自動的に笑顔になる。それが広義だった。

 家に着くと彼は、裏口の鍵を開け、家の中に入った。彼には、妻と小学4年生になる息子がいたが、夜の11時ともなると、息子はもう寝ている。そのため玄関のチャイムを鳴らすより、裏口から入るというわけだ。共働きの妻も疲れているときは早く寝ていることもあり、その日もそんな日で、彼は食卓のテーブルの上に並べてある夕食を電子レンジで温めて食べ、胃の中のものがある程度消化するまで1時間程テレビのニュースなどを見てから就寝するのが常であった。そして、今日のように夜遅く、次の日の朝が早い時は寝室ではなく居間で眠る。朝の目覚ましで子供を起こさないようにという彼の配慮であった。 最近は特に残業が多く、ここ1週間は毎日23時近くに帰宅しているため、睡眠時間が短い。それなのに眠りが浅いのか、朝になっても疲れが取れにくくなっていることは彼の気になっていることであった。何やら夢を見ているようなのだ。しかし、朝になると忙しく、思い出す余裕はない。ただ、まるで悪夢のように同じ夢を何度も見ている感覚が残っている。疲れているここ2日程はそれが顕著であった。今日は月が眩しい。彼はそれに気が付くと、少しでも早く眠れるようにと、部屋の電気を消し、カーテンも閉めた。小さな明かりがある方が眠りやすい人もいるが、彼はむしろ暗いほどに寝付きやすいタイプだった。まとわりつくような疲れを感じ、彼は居間に敷いた布団に入った。


「広義、ご飯よー。」
母の声がする。さっきご飯食べたばかりなのにおかしいな。見渡すとあたりは夕暮れだ。そして田園風景の広がる山並みと、小さな家が見える。実家だった。その家の中から半身を出し、母が手招きしている。若い母親。それもそのはず、彼は手に持っているサッカーボールが大きいようだ、ということに違和感を覚えると同時に、自分が小学校低学年くらいになっていることに気が付いた。小さな広義は、家の方に向かって駆け寄る。しかし、駆けても駆けてもなぜか家にたどり着けない。母に向かって誰かが近寄ってきた。女性のようだが、顔は塗りつぶされたようで誰だか分からない。その女性が何やら怒鳴りはじめる。
「チンピラの息子」「借金」「ビンボー人め」「迷惑かけんじゃない!」
耳鳴りみたいにわんわん響いて途中が聞き取れない。しかし、母は、その女性の前でひたすら頭を下げているようだ。
「母さん!」広義は駆け寄る、必死で走る。女性の姿は次第に薄くなっていく。やがて白いもやにかき消されるように女性が消えてしまったとき、広義はやっと家にたどり着いた。 目の前に置いてある温かい夕食達。母は広義に微笑みかける。その頬には涙の跡。
 途切れ途切れの映像は続く。外で笑い声がする。見るとさっきの顔のぬりつぶされた女性が広義と同じくらいの身長の子供の手を引いて歩いている。
「バーカ」
その子が言ったと同時に、広義と母に向かって無数の石が飛んでくる。血がしたたり落ちる。広義は叫ぶ、
「母さん!」

 場面が変わる。机に向かって懸命に勉強しているらしい小さな自分の姿が見える。部屋の隅にぽつんと取り残されたサッカーボール。 いきなり割れんばかりの拍手が降り注いだ。
「松田広義くん100点!」という声が聞こえたかと思うと、周りがぱっと明るくなった。何やらたくさんの人に囲まれている。先ほど「バーカ」と言った男の子もいた。
「100点、100点、100点……」言葉は繰り返される。光はどんどん強くなる。それにしたがって男の子の姿がどんどん薄くなる。やがて影だけになり、男の子は消えてしまった。
「100点、100点、100点……」言葉はやまびこのように繰り返され、光はますます強くなっていく、周りにいたたくさんの人々の姿も薄くなっていき、1人、また1人と消えていく。
「100点、100点、100点……」最後に母の姿が残った。母が空を指差しながら、何か言っているが聞こえない。母は広義の方を見ながら何か口を動かす。でも、聞こえない。100点の声がどんどん大きくなっていく。耳鳴りのようにがんがんと頭に響いてくる。聞こえない、分からない、思い出せない……

 

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コメント

カレのトラウマなのでしょうか。。。(*´・ω・`*)ドキドキ  
うん、そんなところかな。

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