最初の頃、凪は他の犬に吠えられると、その犬が柵越しであっても、その場に座り込んでしまい、こちらに中型くらいの犬が歩いてこようものならば、怯えて鳴きながら座り込んでしまうような犬であった。こういう状態の犬は「社会化不足」である。社会化期(3~12週)の間に、親犬や兄弟犬との接触が不十分であった場合に起こりえることである。きっと凪も、はやくから親や兄弟犬と離されていたのだろう。犬はとても「社会的な生き物」なのである。親・兄弟との接触が少なくては、犬が犬社会の中で共に暮らしていくルールを学ぶことが出来なくなってしまう。
犬社会とはどういう社会か。まず、リーダーから最下位のものまで順に順位がある。群れで行動するために、リーダーを筆頭に統率がとれている。協調のために、順位闘争以外では、むやみに仲間で争って傷つけあったりはしない。むやみな争いは群れの弱体化に繋がってしまう。闘わずして退くことに対し、「負け犬」などという言葉があるが、それは人間視点の見方である。犬は分をわきまえているのだ。そのためにむやみに無駄な争いをする必要がない。挨拶とボディーランゲージによる会話、そして時には小競り合いにより、犬同士で性別・年齢・気性・才能・体力を知り、順位を決めてしまう。負け犬とは実は、「分をわきまえた、社会性の高い、賢い御犬」なのである。
犬の先祖、狼は本来攻撃的な動物であるから犬もそうである、などというのもまた、とんだ間違いである。そうなってしまったものは、群れでの仲間との生活を知らずに過ごさせるという不自然な環境を人為的に与えたことが原因である。狼や犬は子犬の時期に仲間との挨拶の仕方、遊び方をなど仲間同士で学び、攻撃抑制も身につける。
また、多くの人の知りえぬことであるが、
本来狼や犬は、一夫一妻制である。
このことは、犬を集団の状態で飼った昭和の愛犬王・平岩米吉氏の本「犬の行動と心理」に詳しく書いてあるが、その一部を抜粋させていただく。
「一般に犬の性生活は相応乱雑なもののように思われがちであるが、それはじつは雌雄が別々に飼われ、家族形成の困難なことなどに起因しているらしい。もし雄と雌をいっしょに飼って、その子犬たちの成長していく状態目で、くわしく観察することができれば、彼らもまた、明らかに一夫一妻制の傾向をもち、しかも、年長の雄を指導者とする、はっきりとした順位の規律にしたがっていることまで判ってくる」(犬の行動と心理・64ページより)
そして、そこには夫婦愛が見られるという。他にはキツネや狸もそうであるという。
「ある、養狐業者の話によると、野生の狐を捕った場合、いちばん困るのは、優秀な一頭の雄に多数の雌を配して、一時に大量の繁殖をさせようとしても、彼らが頑強に人間の押し付ける不倫を拒み、依然として一夫一妻制の習性をすてないことだという。また、私の飼っていた狸は、雌がお産をすると、雄は与える食べ物を自分は少しも食べずに、残らず雌のところへ持っていってしまうので、私は少なからず驚いたことがある。」(犬の行動と心理・63ページより)
人間は、理性の少ない人間のことをすぐに「ケダモノのようだ」などと言うことがあるが、こうして見ると、その言葉の中で下に見ている「獣」の方がよほど社会制度に従って暮らしているのではないか。人間は、無知と傲慢からそのような見下しの言葉を使っているに過ぎない。
犬が、社会化期にしっかり同胞と触れ合うことによって、どのようにしたら社会に受け入れられるかを学んでいくこと、これは社会的動物である人間と同様だ。小さい子供を全く他の人と触れ合わせずに育てたら、人間らしく育たないことは、オオカミに育てられた姉妹の話でも知られていることだと思う。犬も同様に、犬社会の中で、兄弟犬とじゃれあい、強くかみすぎたら親犬にたしなめられ、他の犬達とどのように関わるべきかを自然に学んでいく。そして、ここに人間がいて、人間を「知恵のある大きな犬でありリーダーである」と犬側がみなせば、人間との社会化も進んでいく。
このことは、史嶋桂さんの記事
子犬の社会化とは何か(前編)、
子犬の社会化とは何か(後編)がとても分りやすかった。
犬なのに犬を怖がる犬や、攻撃抑制の効かない犬は、社会化が不十分であるという。そうならぬように、とにかく、生きていく中での自然な経験をどんどんさせようというわけである。犬の社会化の重要性を説く史嶋さんはまた、散歩で以下の場所に行くようにと書かれ、理由も述べてある。
犬がたくさん集まる公園・ドッグラン
自然が残る公園や緑地・畑地・河川敷・山林
近くの電車の駅や人通りの多い商店街、クルマがたくさん通る大通り
子供がたくさんくる児童公園と小学校の登下校路
「散歩の行き先」より
こういうことを踏まえて、凪のことを書けば、まず前回書いたように、凪は、「人間への社会化」がそこそこ、「人間の子供への社会化」は十分であったが、「犬への社会化」が不十分であった。子犬時代に、いろんな犬種、100匹の犬と遊ばせようなどという話も聞いたことがあるが、凪はそうなるためにはまず、順を追って犬に慣れることをしなければならなかった。いきなり、大型犬や吠える犬にむかわせるのではなく小型犬1匹ずつ、社会性の高い犬を選んで少しずつ慣れさせた。ミニチュアダックスにはじまり、ドッグランの小型犬コーナーに入れること。ジャックラッセルテリアやコーギーは、ドッグランによっては、小型犬(コーギーは中型犬)であるにも関わらず、「ハイパーな犬種であるため、大型犬コーナーに入れてください」と書かれていることもあるが、凪はまず小型犬と慣れさせることをした。
その頃の凪は、生後4~5ヶ月。犬の恐怖期といわれる月齢に突入し、この時期に怖いと思ったものは一生怖くなるという、慎重さを要する時期であるが、穏やかな小型犬から順に作戦が上手くいったのか、凪の馴致は順調にいった。
最初は怖がって、鳴きながら脚の後ろに隠れていた凪が、他の犬は怖くないと知っていく。吠える犬に対しても怖くなくなり、対処法も自ら学んだ。むやみに近寄らず、無視をすることである。
そして、凪はじゃれあいの中で、自分の体力と運動神経を知っていったようだ。中型犬が、小さい凪に優位を示そうとマウンティングのために凪の体に前足をかけようとするとき、凪はひらりひらりとそれをかわし、しまいに相手はゼイゼイ言ってあきらめた。見ていて、凪が自信がついてきたと感じるのはその時期と一致する。犬の序列には敏捷性や体力も影響する。凪は、自分の体力が体の大きさ以上に高いことを知っていったようだ。傍から見ても、凪の走る速さと身軽さは目立つようで、感心されることもよくあった。背中を弓なりに曲げ、前足を2本、後ろ足を2本そろえた、ダブルサスペンション・ギャロップの形で、体高を低くして、風の抵抗を少なくし、加速する。体は完全に宙に浮き、まさに飛ぶように走るのだった。凪には、その場で一回転し向きを変えることも可能であり、高い脚力で、中型犬の背中をハードルのように飛び越えたりもした。
そして凪がとりわけ気に入る犬種はある程度特定されてきた。
ミニダックス、甲斐犬、紀州犬、のような猟犬種。ゴールデンリトリバー、フラットコーテッド・リトリバー、ボーダーコリーなど、体力が高く遊び好きで体の大きい犬種。何やら通じるものがあるのだろうか。逆にパグのような短頭種は好まないようだった。
凪は活発な犬相手に、怖がることもなく、攻撃的になることもなく、楽しく遊ぶことが出来るようになった。やはり、犬が犬同士、思いっきり遊び走っている姿は最高に幸せそうである。今は、多くはドッグランという営利目的だったり隔離空間でしかかないにくいことではあるけれども、いつか動物達が自然に幸せに生きられる世界が訪れることを願ってやまない。
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・ドッグランでのじゃれあい。2匹とも軽く口を開けた余裕の表情で遊ぶ。これが、遊びであると明確に言えるのは、犬語では、怒っているときは、鼻にしわを寄せ、牙をむき出しガルルと唸るからである。
また、怒る前触れ、「気安く近寄るな」と相手に警戒をしめす時は「ウウ」と小さく唸る。
また、本気で攻撃に移るときは何のジェスチャーもせず、声も発せず、瞬時に相手の首筋に噛み付く。凪は、相手にいきなり噛まれた(こういうことをするのは社会性の不十分な犬)ときにのみ、瞬時に攻撃に転じたことがある。
声を出しているということは、まだ相手に自分の状態を伝えようとしているからといえる。

・凪の好きな、フラットコーテッド・リトリバーと、笑顔(軽く口を開けた犬のリラックスの表情)で対面。

・凪はクルマの多い大通りも散歩して慣れさせたことで、大きな音にも慣れていったが、とりわけ家の中からとはいえ、多くの犬が花火を好まない中、花火を余裕で見上げるのは、元が猟犬種であったことは関係していると思う。
ガンシャイと言い、銃声にびくつくようでは、猟犬として困るために、銃の音に過剰反応しないものが、選択育種されていったという歴史がある。