動物愛護関連の情報と、独学ピアノの記録。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

波長の合う作曲家

今まで、初心者から中級者に弾けるピアノ曲を中心に探してきた。(例えば、ショパンはエチュードはとんでもなく難しいが、中級くらいで手の出る曲もワルツの中にはある。)その結果、今までほとんど本格的に聴いたことのない作曲家も出てきていた。けれども、知った曲はどの曲もそれなりに弾いて楽しめたと思う。

でも、「波長」(もしくはテンション)の合う作曲家は今までにいなかった。1~2曲ほど、合うものはあっても、全体的に聴くと、ほとんどがそうではなかった。どの作曲家も、それなりに彼らの世界観は自分なりに感じてきたと思うし、好きでもあったのであるが、波長が合うかどうかというのは、「内なる感覚」に近いものかもしれないと思う。

例えば、モーツァルトを例に挙げれば、モーツァルトは自分にとって割りと弾きやすいし、好きなのだけれども、j自分の一番近くに置くには、明るくてついていけない感じがあったと思う。自分の中心よりも、少し上の位置・浮いた位置に音がある軽い感じがいまいちしっくりこなかったのだと思う。逆に、ロマン派によく見られるゆっくりした綺麗なあるいはせつない曲を一番傍に置くと、疲れたり逆に自分があせってしまう。「人間そんな綺麗なものじゃないし・・・」とか、「ゆっくりしていると時間がないんだ!次いこう次!」的なあせりである。(もちろん、この疲れやあせり自体、意味がなく非合理なものであることは知っている。あくまで感覚を言葉にしているに過ぎない。)これらは今回しっくりする作曲家にであってから、こうして言語化出来た違和感である。つまり、これらの曲は時々はいいけれど、ずっと自分の空間にあると、違和感があるといったところか。時々話す友達で、一緒には暮らせない感じか。もしかしたら、「飽き」の原因もそれだったのではないか!

どの作曲家もそんなものだろう、自分がつくった曲じゃなし、どこかは違和感があるものさ、と思っていたところに出合ったのが「ブラームス」。名前は知っていたけれど、ほとんど曲を知らない作曲家だった。あの有名なハンガリアンダンス5番から入って聴いてみたら、どれを聴いても自分の中で違和感を感じにくかった。しっくりきた。ずっと探してきた作曲家にやっと出会えた。音楽に求めていたものはこれだった。

多少余談ではあるが、「音楽に」と書いたのは、他に求めるものがそうかというと違うと思うからだ。自分にとって「犬」は、むしろ猫気質に近いと言われる自分にはほとんどない特徴を兼ね備えていると思うが、それであるから非常に惹かれるし相性がいいのだと思っている。音楽に「自分の内側に入れて違和感なきもの(自分の感覚に近い違和感なきものともいえる)」を求めているとすれば、犬には「外側にあって相容れないもの(自分の内側に入れたら自分が壊れてしまう異質なもの)」を求めていると言えるだろうか。(ここでの内側と外側は蒼鳥語録で、一般に使われる意味ではないかもしれない。一般の意味とか興味もないし知らないので分からんが。)

ブラームスの曲は、はっきりした輪郭と旋律の間から、情熱を感じる。しっかりした重みと濃さ。1つ1つの和音が重くて心地いい。他の人の感想に「内に秘めた情熱」というのがあったが、なるほど、自分に関しては自分でしかありえないから内だの外だのという客観的な意識など出来ないのだが、自分が他者にしばしそういわれるところを見ると、ブラームスの曲は自分の感情に近いところにあるのかもしれない。それが「波長・テンションの合い方」に関係しているように思った。もっと簡単に言えば、相手なしでは(あったとしても、か)使うのをはばかる言葉であるが「共感」に近いと言えるのかもしれない。

今後ブラームスを弾いていきたいと思うけれど、
・ブラームスを弾くための「ブラームス51の練習曲」・第5過程
・ブラームス集1・第6過程
・ブラームス集2・第5過程(1より2の方が、少し易しいらしい)
と、どれも手ごわい。もしかしたらブラームス集のワルツの中に、いくつか弾けそうなものがないか楽譜を見てみようと思う。


↑ブラームスって?という人のために。これを知らない人はいないと思う。

1クリックで救える命

痛みを感じる生き物を死なせねばならない場合は、生きるために必要な分を、なるべく痛みを与えない方法で。
いつも思っていることです。

動物を助けるために、簡単に出来ることの1つに「クリック基金」があります。
今日はその中の1つを紹介します。

アザラシの子供を護る

毛皮の生産過程を知っている人はどのくらいいるでしょうか。
例えばアザラシ猟だとこうです。
頭を叩き割られ半殺しにする。親アザラシの前で容赦なく子供の頭を鉄パイプで叩き割り、皮を剥ぐこともある。
何時間も鼻や口から血を吐きながらもがき苦しむアザラシたちも数多くいる。

他の動物、キツネやウサギなどの毛皮の作られかたでも、生きたままの方が毛皮が剥がしやすく製品に傷がつかないという理由で生きたまま剥がされるものが多くあります。ユーチューブに残酷な動画が多数あります。しかしそれは現実です!
そのようにしてつくられる毛皮、それがないと生きていけない・生きるために必要というならともかくですが、そうではなく、着飾るために、また、どうやってそれが生産されているのか知らない人が多数購入していることが現実です。中国で上記のような方法で生産された毛皮の多くが日本に輸入されているという現実があります。

毛皮とかそんな高価なもの持たないと思う人もいるかもしれませんが、実はキーホルダーなど意外なところについていたりもします。

こちら、フリーイラストレーターひゅうがあいさんの描かれた絵本です。
子供にも分かりやすい可愛い絵柄と暖かい内容で、毛皮とは何だろう?ということを説明されています。
僕の下手糞な説明よりずっと分かりやすく伝わりますので、ぜひご覧下さい。

けとかわ

ツェルニー100番 28~30



この中で問題だったのが30番。右手の小指が伸びたままなので3・5の3度が弾きにくかった。
右手の小指は力が入っているから伸びきっているとかではなく、ポキポキ音がしたり関節が痛くなったりするので、以前の突き指のせいか(エレクトーンやってたくせに、バレー部に入っていた小学生時代;もう、バカかとww今の自分がそれを見たら全力で止めるw)、もしくは生まれつきだと思うから残念ながらどうにもならないと思う。指の独立をうながすことでカバーは出来るかもしれない。ただ、すでに速い曲を弾いていると引っかかる感じが出るときがあって困ったものだ。

それはいいとして、現在練習中のもの。
・悲愴第2楽章(難しくて全然指が覚えない、3ヶ月くらいかかる見込み)
・ギロック「悲しいワルツ」(楽しい息抜き)
・ソナチネアルバム5番 クーラウOp.55,No.2 3楽章
・ツェルニー100 31番

ソナチネは、1周目のときに7・8・9・17・4番と、5番の2楽章まで終わらせていたので、その続きからすることにした。あの時は飽きていたし、難しくてつらかったけれど、今回再開してみたら楽しく、少し楽になっていた。ソナチネを再開しようと思った理由は、振り返るとソナチネアルバムをやったあたりでピアノが上達してきた、と思っているのと、あと、「モツソナ イ短調」のような長いソナタを弾くには実力不足だったので易しいソナタで鍛えておこうと思ったことがある。それで、ソナタアルバム1も買ったのだけれど、ソナチネアルバムの中のソナタ4曲が丸々入っているのはなんか損した気分になった。同じ全音の楽譜なのだから、どっちか一方に載せればよいだろうに。

それから、「ソナチネアルバム 練習順序」などで検索してくる人が多いので書いておくけれど、自分だったら、全部弾く場合を想定すれば(個人的な予定では全部弾かない)、
7・8・9・17・4・5・6・1・10・11・12・2・3でソナチネを終わらせ、
15・14・13・16とソナタを弾くと思う。
また、他の曲集と併用の場合、全部弾くことはあまりなく、飛ばしながら数曲やっている人が多いらしい。
<< 前のページ  
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。