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動物愛護関連の情報と、独学ピアノの記録。

灰色の翼持つ美しき者たち 終章

終章  灰色の翼持つ美しき者たち

 

私は、今木々が言ったことを半分飲み込むか飲み込まないかであったが、とにかく引き抜いてみなければ分からないのだろうと思い、剣を引き抜くことにした。木々の導きにより、不思議と不安は感じなかったからでもある。

私は、円形の岩を乗り越え、剣の柄を持つと両手で力を込めて引き抜く。なんだか頭の中に映像、そして記号のようなものが流れ込んできた。
筆、鉛筆、シャープペンシル、タイプライター、パソコン……
ア 亜 A あ

そんなものが私の頭の中に入ってくるとき、私は剣を見つめ呆然としていたのだが、剣の切っ先がみるみるうちに尖っていくのが見てとれた。


「その剣こそが”諸刃の剣”。新しい世界に生まれ落ちてあなたの持ち物になるもの。あなたは限りなく白に近い灰色の姿で世界に生れ落ち、夢見て憧れ、そしてやがて絶望や孤独や悲しみを知る。そして人や自分を傷つけることも、守ることも出来る剣を得る。それは、世界で知識・力と呼ばれるもの。エデンの園で知識のリンゴであった姿はいろいろと変化していった。知識の中には、科学、哲学、宗教学、物理学、心理学、言語学などいろいろなものがある。他にも、肉体的、経済的、地位、名誉などの力もある。それらは強大な力を持ちえる。ちなみに今あなたに送ったのは言語を得る力。あなたはこれで言語が身についていく。記号を操り、人にものを伝えることが出来るようになっていく。剣の切っ先がみるみる尖ってきたのを見たでしょう。知識や力を得るほどに磨かれていく剣は、自分や他人を傷つけることも守ることも出来る”諸刃の剣”。そして、それはいつも灰色の翼持つものが目覚めるとき、私達が守るこの場所に保管されているのです。」

 

 

――さあ、それを持って旅立ちなさい。新しい世界へと。私達が最後にここからメッセージを送ります。


  木々達のメッセージ

 

生れ落ちたとき人は、限りなく白に近い灰色。
だけど、いつか君は孤独や絶望を知るだろう。

人を憎んで傷つけたくもなれば、自己嫌悪だってする。

自分が嫌いでたまらなくなったりする。
そんな時、羽が黒に近い灰色に見える。
だけど、人の持つ羽は黒に近い灰色にも、白に近い灰色にも変化する羽なんだ。

彼らの翼は灰色なんだ。

 

愛や光を求める思いがある限り、けして真っ黒に染まることはないんだよ。
それが、人が憎しみなどの心の闇をも包括し、愛と光を目指せる証拠だ。
心の闇さえも包めると「あの人」は期待したのかもしれないね。
そしてあの時、楽園で人が知識のリンゴを食べるという罪を犯した後でさえ、

まだ期待しているのかもしれないね。

そんな「あの人」の姿もとても、そう、人に似ていて。
だから私は、「あの人」のことを「あの”人”」と呼んだ。

「あの人」は人間を、自分の姿に似せて作った。
だから、炎という光から作った天使とは異なる。
だから人は闇をも内在できる。包み込むことが出来る。

 

サタンのことで、困ってしまった「あの人」は人に自分の思いを託した。

自分だけではどうにも出来なくなってしまって。

口調は「5%の責任を人に与ゆ」などどいかめしかったんだけどね。

そうして「あの人」は人間に責任と呼ばれるものを託しているから、

人は運命に定められるのではなく、「あの人」や「サタン」を妄信するのでもなく、自分で選び決定する力を持つ。
闇をも包括し理解できる、サタンの痛みも悲しみも、愛を求めた淋しさをも理解し、包み込み癒すことだって出来るんだ。
諸刃の剣の力を上手く使って。光を感じて。

彼らの翼は灰色だから。

そしたらある日、風が吹く、翼を広げ舞い上がらせる創造の風が吹く。
光を受けた灰色の翼は銀色に輝き、知力と創造の風をもって飛翔できるんだ。
サタンの痛みや孤独さえも抱きしめ、天使だった頃のサタナエルの12枚の翼のように美しく。

人は、思い出を胸に、他の人々の思いを胸に、光を受けていることを感じることが出来るとき、
風を感じたら、舞い上がる喜びを感じることが出来る。

そのとき彼らの翼は光を受けて輝くよ、銀色に。

羽ばたけるよ銀色の翼で。
その思いを光を伝えたい、多くの人に。

空を見上げよう。足元の柔らかい草と、そよぐ木々の喜びを感じつつ
人が人であるゆえに感じる永遠の孤独を抱きしめて。

いつか自由に空を飛べる日を夢みて。
そう、いつか輝く姿になれる日まで。

 

 

エピローグ


この世界に旅立った、ある灰色の翼もつもののひとりごと

 

私は私の中にいる悪魔ごと抱きしめるように祈り続けていたい
そうするとき 羽をはためかせる天からの風が吹くことがある

天上から注がれるような光と風を感じるんだ
私は私と私の持つ剣に光を受けると 灰色の翼広げ 走り
せいいっぱいの思いをこめて、その剣を振り下ろす

 

時には失敗もあるだろう 他人や自分を傷つけてしまうことだって 

だけど

上手く風を受けたなら 飛べるかな? 少しだけ

飛べるかな? もう一度

 

そして羽ばたき 風を創れたなら 届くかな? 少しでも

伝わるかな? もう一度

 

そして私はまた剣をしっかり握り締めると大地につきたて空を見上げる
悪魔が現れても切りたくないと願いつつ 
感じた痛みや孤独達を抱きしめることの出来る日が来ることを願いつつ
全て愛し愛されることを願いつつ

 

「銀の翼持つ美しき者」になれる日を夢見て

 

 

                         ―完―

 

COPYRIGHT(C) 2006 蒼鳥 庵ALL rights reserved

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灰色の翼持つ美しき者たち 5章

5章 諸刃の剣

 

「それがサタンの姿です。」
木々は物語を話し終わると、一息ついてそう告げた。
私は胸が痛くなった。だけど、サタナエル、いやサタンに出会ったばかりの時とは少し違う痛みだった。痛いけれど、なんだか哀しい。そんな想いを胸に抱え、私はどうすれば良いか分からず、思わず木々達を、そして木の葉に何か映りはしないかと見まわす。

木々がさらっとそよいだ。木の葉がプリズム色に優しく輝く。私は、まるで木々が優しく微笑んだかのように感じた。
「あなたを剣の元へ案内しましょう。」
木々は、またさらっとした音をたて、道を示すように木の葉をきらめかせた。木々のプリズム色の光の示す通りに歩き、1本の道を突き当たると、そこは小さく開けていて、草木は生えておらず地面の見える場所だった。その中央には、一抱えほどの大きさの岩でぐるりと囲んだ円があった。
そしてその中央の土の盛り上がったところに、1本の剣が刺されていた。見た目は、何の変哲もないただの剣にしか見えない。
大きめの粗末なナイフといってもいいような物だった。サタンが言ったような力を持つ剣ということだから、もっとまがまがしかったり仰々しいものを想像していた私は少し拍子抜けしてしまった。
一見したところ、刃は磨かれている風でもなく、そんなに危険な物にも見えない。

私は木々にたずねた。
「あのような何の変哲もなさそうな剣が、サタンの言うような力を本当に持つのでしょうか。」
木々は答える。
「あの剣そのものは何も出来ないし、何の力も持たないのですよ。あれは使い手によって変化する道具なのですから。そして、あなたはすでにそれを使いこなすための礎を持っています。あなたはサタンに会ったときに、胸に黒いものが芽生えたでしょう。そして、その正体を知った今はそのときとは違うものが芽生えているはず。あの剣は、そんな心の状態を体現させることが出来るのです。サタンがあなたをそそのかそうとしたときのように、心に黒いものを抱えたまま振れば、自分や他のものを切り刻むことも可能です。だけどそれは”諸刃の剣”なのです。」

”諸刃の剣”、私は初めて知るその剣の呼び名についてたずねた。

「諸刃の剣とは?」

木々は答える。

「”諸刃の剣”というのは、一方を傷つければ傷つけた側もろともに傷をうけてしまう剣のことです。ですから、他者を切り刻めばどんどん”羽は黒く”なり、”サタンのような姿”にもなっていくでしょう。新しい世界では”肉体”というものに阻まれ、一見したところは分からないかもしれません。そしてもちろん、鍛錬により剣自体の力を増幅させることも可能です。その力によって空を飛ぶことも出来ます。あなたはこれは何だと思いますか?」

私はしばし考えてみた。そんな私に木々は告げる。
「今少し私達が力をこめてみました。さあ、引き抜いてみて。答えはそれから教えましょう。」

 

(続く)

 

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灰色の翼持つ美しき者たち 4章

4章 サタナエル

 

私は、鏡のことを知りほっとしたものの、次から次に湧き上がってくる疑問にまだ頭の中が混乱したままだった。
「サタナエルというものの告げた剣。それはここに眠るのですか?サタナエルとは一体……」
木々は答える。
「サタナエルに出会ってしまったものは、サタナエルの言葉にそそのかされ、ここに来るものもいます。あなたも、半分はそうであったように。だけど、サタナエルはあなた自身が選ぶ部分まではコントロールできません。サタナエルがあなたの一部であったとしても、あなたそのものにはなりえないのですから。だからサタナエルは全知全能ではないのです。だから森から剣を奪ってきて、あなたを突き刺すことはサタナエルには出来ない。」
「サタナエルは剣で自分の左胸を突き刺せばサタナエルのような羽を持つ姿に生まれ変わると言うのです。」
「それはその通りです。確かにサタナエルのように空を謳歌し飛びまわることも可能です。その剣は、そのくらいの力を持つのですから。私はあなたに今からサタナエルについてお話します。そして、その剣についても。」
私は、どきどきした。木々はまた一瞬プリズムの光を鎮めたかと思うと、先ほどより落ち着いた蒼い光で木の葉を満たし、ゆっくりと話し始めた。

 

それは、サタナエルの物語である。

 

サタナエルのすむ場所はここよりずっと暗い世界。
草木なんて生えず暗く湿った地面を持つ場所。
だから、サタナエルがここにやってきても光降りそそぐ間は動くことが出来ない。
暗闇の中に生き、暗闇を支配する。
暗闇の中ではサタナエルは自分の姿を見ることもかなわない。
自分の姿を見ることが出来ないということ、それは何を意味するのか。
心の盲目。
明るい時刻は自分の姿が見えるだろう。
だけど、サタナエルの「世界」は暗闇だから自分の姿を見ることが不可能なのだ。
サタナエルは傲慢な態度で、自分の知をひけらかす。
彼は英知、栄光、力、名において自分を偉大だと思っているのだから。
「あの人」よりも。

 

しかし、サタナエルはかつてからそうだったわけではなかった。
サタナエルは天使として最高の位を意味する6枚の翼よりもさらに多い12枚の光輝く白い翼を与えられていた。
それは、サタナエルが「あの人」からとても愛されている、特別扱いされているという印であった。
そして、サタナエルも「あの人」を愛していた。

 

そんなある日、「あの人」は人間を創ることにした。
人間は「あの人」によって、塵から映し身を創られ、鼻から息吹を捧げられた。
息を吹き入れられた魂。それが祝福である。
天使は炎から創られたから祝福は受けていなかった。

天使は天の使いとして「あの人」に創られたときからずっと、忠誠を尽くしてきた。
それなのに、「あの人」はエデンという土地を人間に与え、サタナエルには与えなかった。

サタナエルは激しく嫉妬し「あの人」に問う。
それは、天使が決してしてはいけないことであり、「あの人」に対しては持ってはならないとされている疑念の感情であった。
だけどサタナエルは「あの人」に問わずにはいられなかったのである。
「どうして、人間なんかにエデンを与えたのですか?どうして私にはくれなかったのですか?」
「あの人」は答えなかった。
それはもう、天使としての最大の罪を意味していたから。

サタナエルは大罪を犯したと自分で知りつつ、それでも「あの人」を憎まずにはいられなかった。
そしてついにサタナエルは、愛するが故の苦しみに耐えられなくなり、「あの人」を、そして愛そのものを拒絶してしまった。

 ……あの人など私には必要ない。そう、もともと必要なかったんだ。私は、あの人が私に何も与えてくれなくても持っているのだから。力も、栄光も、そしてまた、それらを自分で手に入れる力そのものを。今、そのことに気が付いた、それだけなんだ……

 

本当は必要とされたかった。愛されたかった。「あの人」の傍にいたかった……

サタナエルはそんな思いを自ら葬った。自らの持つ愛ごと。

サタナエルの心の奥のどこかで消えない、体ごと引き裂くような痛みからくる叫びは強大な闇を作り出していく。サタナエルの様相はみるみるうちに変わっていった。光り輝く12枚の翼はボロボロになり、体には獣のような毛が生えだす。

サタナエルは、天使達に主である「あの人」ではなく自分をたたえ、自分の命令に従うよう要求する。自分の力を示すために。そして、一部の天使達はサタナエルの側についた。

「あの人」はそんなサタナエルの傲慢さを許さなかった。
「あの人」はサタナエルを光の国から追放した。
このときから、光と闇の対立が生まれ、サタナエルは、天使の印である「エル」を省いた名で呼ばれることになったのである。
その名は「サタン」。別の名をルシファーという。
そして、サタンがかつて愛した「あの人」の名は神・創造神と呼ばれるものだった。


地底に住み、天を憎み、光を目指そうと望むものを絶望させ、地底に引きずり込もうとする淋しがりや。
それがサタンの姿。

サタンは淋しがり屋、甘くささやき欲望は全てかなえてくれる。
弱みや欲望につけこんでは取引を申し出る。
サタンは心の空洞を埋めるものが欲しかった。
だけど、いくらあがいてもたどりつけない。
だって、サタンは天を憎んでしまったから、もう天からの光を愛を拒否してしまったから。
だからサタンはいつだって淋しい。
そしてその淋しさをも拒否するために、傲慢な態度をとり、他者を支配しようとする。

愛がなくても全ては可能だと、力を見せつけてそそのかす。
英知、栄光、力、名はあの人にも勝るんだと。
サタンはかつて「あの人」を愛していた、そしてその愛が裏切られたと思った。
かつて天使だったサタンは、人間のようにあの人の息吹で作られ祝福されたのではないのだから。
その上、あの人は人間だけにエデンを与えたから。
サタンは人間に嫉妬した、本当は心の奥で人間がうらやましいと思っていた。
だから、あの人から作られた人間は全て自分の支配下につけようと思った。
サタンは自分には愛をくれなかったあの人を殺めようとした。
存在を否定するために。

サタンの心は、闇の中に封じ込められた。

「あの人」によって、いや、サタン自身によって闇の中に閉ざされてしまった。

愛を拒否するように、バタンと心の扉を閉ざしてしまった。

サタンは今なお闇の中にいる。
闇の中で、自分の姿さえも見ることのできない盲目のままで。

 

(続く)

 

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灰色の翼持つ美しき者たち 3章

3章  知恵の森

 

私は、羽の黒っぽかった色が薄くなっていること、胸のもやもやが少し軽くなっていることを不思議に思った。

眠り込む前に、剣を取りに行き胸を突こうと考えたっけ。それと引き換えにサタナエルのような姿になることさえも構わないとさえ思った。しかし私は、眠り込む前よりも少し体が軽く感じていた。そのせいで気分も少し良く、胸の痛みも薄れていた。
だけど、だからといって飛ぶことに近づいたわけではないはずなのに、と私は思う。これからどうしよう。森へ?あの森に剣が眠る。私は時々さわさわと音をたてる森のことを思った。今まで特に不思議だとは感じたことはなかった森。だけど何故そのような力を持つ剣が森に眠るのだろう?
その剣とは一体?
私は、森の姿も、そしてサタナエルの言っていた剣についても自分の目で確認したくなってきた。
私は森へ向かうことにした。まだ時刻は正午前。森に行くには十分な時間がある。私は、湖を背にすると、森の方角に向かって歩き出した。
辺り一面は柔らかい黄緑色の若草の生える平原、森はここからまっすぐ歩いたところにある。今日は、そよ風というにふさわしい風が吹き続けていて、歩くのにも苦痛を感じない。私は、剣を見てみたい、一体あの森はなんだろう、とはやる心のままに急ぎ足で森に向かって歩いていった。

 

私は、小一時間ほどで森の前にたどり着いた。森の入り口付近にある、まだまばらな木達がさわさわと音を立てる。その音はいつもよりも優しく響き、まるで私を歓迎するかのようだと思ったその時、葉の表面がプリズム色に輝きはじめた。ここからどんどんと森の奥に進むにつれ、日の光は薄まっていくはずなのに、この入り口から見える、森の奥のほうまでが輝いているのである。
どうして?
私は思わず口に出してつぶやいた。

その時だった。私の耳に声が聞こえてきた。私は思わず辺りを見回した。どこの方角から聞こえてくるのかさっぱり見当がつかない。私は思わず立ち止まって、声に耳を傾けようとする。なんと言っているのだろう、まだ聞き取れないけれど、どうやらそれは森全体が発しているように思えた。なぜなら、音にあわせて、プリズム色に光る木の葉がきらめくのだから。私はそれを見取ると、光る葉に誘われるように森の奥へと歩き進んでいった。

 

さて、どちらの方角に進んだらいいのだろう。森の中へと来たのはいいが、剣のある方角などてんで分からなかった。途中で立ち止まると辺りを見回す。だいぶ森の奥のほうに来たためか、木の葉のさわさわという声のような音も大きくなってきていた。いや、それどころか今もどんどん大きくなってきている。そして音というよりは、私の分かる言葉に近いような……そう思ったとき、私はひとつの単語を聞き取った。

……剣
それは確かにそう聞えた。私は、声を聞き取ろうと耳を澄ます。そうするうちに、それははっきりと私に分かる言葉になったかと思うと、私に直接話しかけてきているように思われた。

 

 ――この森の力をつかさどる剣。この森の力の一部

 

私はその声を聞いて思わず問い返す。

「この森はいったい何なのですか?そしてあなたは?」

一瞬プリズム色のきらめきが止まり、それと共に静寂が訪れた。
そして、その声は答えた。

 

――私は、この森そのもの。あなたにもうひとつの真実を見せてあげる。

 

その声がそう言うと、一瞬の静寂が訪れた。またプリズム色のきらめきが止まる。そして、木の葉全体が若草色に輝きだしたかと思うと、若草の生える平原を映し出す。そして、そこに映ったのは、いつも湖に映っているはずの私の姿だった。だけど、湖に映っているのとは違い、見たことのない私の姿だった。
走っている私の姿。
少しだけ飛べた満足感でぐっすり眠る私の姿。
そして、そんな私の気が付かぬところで、ふわりと舞う木の葉。

 

――そして、今のあなたの姿です。
木々はそう言うと、私の姿を映し出す。そこに映る羽はいつもの白に近い灰色?、いや、輝いていて銀色に見えた。
湖で見えた肩の辺りの獣の毛のようなものも見えない。
「どうして湖で見えた姿とは違うんだろう。」
私は思わず口走っていた。
木々は答える。
――あの湖は、あなた自身の姿をそのまま映すものではなく、むしろ、あなた自身から見たあなた自身の心や感情の状態を映し出すのです。あなたはサタナエルに出会った後に自分の姿を見たのですね。そうであれば羽だって黒っぽく映ります。

私は木々がサタナエルを知っていることに驚き尋ねようとしたが、木々は話し続ける。
――だけど、心っていうのは、時間がたてば変わるものなんです。サタナエルに出会うことで絶望しかけた気持ちも時間が立てば、あなたが望もうとそうでなかろうと少しづつだけど他のものに触れることにより形を変え癒えていく。もちろんなかなか癒えない傷もあるけれど、ここに映る姿はあなたが絶望しているのではないことを示しています。あなたは、サタナエルの言葉に疑念を持った後に、自分の目で確かめたいと思った。そしてここを訪れた。だからサタナエルに出会った後に見た心より、朝方起きてから見た心の方が白くなっているのですよ。
私は自分の羽がだんだんと黒くなっていっているわけではないことに少しほっとすると共に、ずっと頼ってきたあの鏡が常に「真実の全て」を映すものではなかったことにがっかりした。そのことを見透かすように木々は、私に優しく話しかける。

――心の真実を全て映す鏡などありませんよ。サタナエルはあなたのことをまがまがしい姿のサタナエルに似てると言ったが、ここではそれどころかあなたの羽は、サタナエルの嫌う銀の光に満ちた羽として映ったのを今ごらんになったでしょう。これは私達の目から見たあなたを映し出したものにすぎませんが、同時に、サタナエルから見たあなたもサタナエルの目というものを通して映したものに過ぎないのです。私達から見たあなたは、最初に映したようにあなたが草の上を駆け回り、飛ぼうとする映像そのものの美しさを持ち、輝いて見えた。銀の光に満ちて見えるほどにね。そしてそんな光こそはサタナエルが嫌い、消してしまおうとしているものなのです。
私は、ほっとすると同時に疑問もわいてくる。
「どうしてそんなに私のことを?」
――私はあなたをずっと見守っていました。あなたがこの世界に生まれ落ちサタナエルに触れ、そして”目覚める”まで。私はこの世界を知り導く知恵、だからここは知恵の森と呼ばれるのです。

 

 
(続く)

 

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灰色の翼持つ美しき者たち 2章

2章 サタナエルの誘い

 

私は胸の内の黒いもやもやを感じたまま胸を押さえ、少し顔をしかめて思った。
……確かに、空を飛ぶのには申し分ない羽だ。しかし、なんて気持ちの悪い姿なのだろう。すると、サタナエルはすぐさま私のその様子に気付き、答える。
「私と同じ姿になることに今は抵抗があるかもしれない。だが、それは最初だけだ。なんでも初めて見るものには奇妙な感じを覚えるものだろう?なじみがないだけだ。この姿が醜いと誰が決めた?この姿は一番力がある姿だ。世界は弱肉強食だから、すぐこの姿が一番有力なものとしてとってかわるのだよ。」
サタナエルは、私がサタナエルを気持ちが悪いと思ったことまで見透かしていたのだった。一体このサタナエルと名乗るこいつはなんなのだろう。サタナエルは話し続けた。
「それに、お前は今までが偽りの姿だったのだよ。だいたいおかしいとは思わなかったか?白っぽい、まるで天使と呼ばれるもののような羽が見えるのに、空を飛べないことを。その羽は誰かが嫌がらせでつけたものだとは思わないか?」
「それは……」
私は何か答えようとして、答えを探そうとして、胸の内が空っぽになっていっているのに気が付いた。反論できるような確固たる何かが見つからないのだ。そして、胸のうちに黒いものが押し寄せてきてちくりちくりと痛みさえ感じてくる。サタナエルがまた真っ赤な口を開く。
「お前は今の問答からも私が全てを見透かすことを知ったであろう?それを知ったところでもう一度湖でおまえ自身の姿を見てみるがいい。私は今までのお前にかけられていたまやかしを取り去ってやったのだよ、堕天使よ。」
堕天使。
サタナエルにそう呼ばれるのは2度目であったが、パニくったままだった1度目に呼ばれたときよりも、リアリティをもって響いてくる感じがした。私は怖くなった。ずっと憧れていた空は、あの光り輝く世界は本当に遠いだけのもので、この羽は飛ぶためのものではなかったなんて。
私は力をふりしぼるように答える。
「そんなはずはない、そんなはずは……」
私は私の声が震えているのに気が付いた。
「ハハハ、そう言うのならばいつもの湖でおまえ自身の姿を見てみると良い。……おっと、もうすぐ夜が明ける時間のようだな。では、また会おう堕天使よ。」
サタナエルはそう言うと、すっとかき消えるようにいなくなってしまった。

 

朝日が昇る。足元の若草が朝露で輝き、きらめく。いつものように。
だけど私の心の内はいつもと違っていて、その様子などほとんど目に入らなかった。胸がもやもやする。黒いものが重苦しくのしかかってくる。だけど、本当なのだろうか?私の胸には黒いものと同時に小さな疑惑がわいてきていた。私は自分の姿を湖で確認したくなった。サタナエルの言葉が本当かどうか自分の目で確かめたくなった。私は足まで重く感じ、足をひきずるような気持ちで湖まで歩いていった。いつものようにほとりに立つと、私は水面に自分の姿を映し、見る。羽の色が黒っぽくなってきているではないか。私はサタナエルの黒い羽を思い出したが、水面に映っているのは、サタナエルのような大きな羽ではなく小さい羽だ。
私は水面を見つめ続けた。先ほど湖にきたばかりの時よりもなんだかまた羽が黒っぽくなってきている気がしてますます見つめ続ける。羽をよく見ようとして、体を斜めにし、背の羽の辺りが水面によく映るように体の向きを変えてみた。そして私は、あることに気が付く。私の肩の後ろの辺りに、なにやら毛が生えてきているように見えるのだ。自分の目では確認することが出来ない、肩の後ろのあたりの位置。私はサタナエルの姿を思い出した。獣のような毛の生えた体と、大気をも切り裂くような羽を。そしてその言葉を。

 

今のままではどうせ飛べないお前。
飛べない苦しみは未来永劫続くのだ。
この私の姿は一番力がある姿だ。

剣で左の胸を突きさえすれば。痛みは一瞬。

お前は空を飛べるようになる。楽にな。

 

私は剣が欲しくなった。
どうせこんな姿なのならば、いっそ。
どうせ何も変わりはしないのならば、いっそ。

木々がざわめくような風が吹く。私の小さな羽根がいつものように震える。
うつむいたままの私が水面に映り、その周囲には青い空が反射する。
光り輝く、どこか遠くで見た記憶と想い、あれはまぼろしだったのか……
私は堕天使?未来永劫、光の中に住むことは出来ない堕天使?

光の楽園を追われしもの?
太陽が眩しい。
私は泣きたくなった。
涙がこぼれる。水面がゆがむ。私はぐったりとその場に座り込み、涙を流し続けた。


気が付くと、太陽が空の真ん中に昇ろうとしてたところだった。
丁度そこは湖の周りにある木の陰になっていたのでさほど暑さを感じないまま、夕べから今朝にかけての出来事に疲れて眠ってしまっていたのだった。目が覚めた私は、再び水面に映る自分の姿を見ることになった。黒っぽくなってきていた羽の色が少し薄くなっている、眠り込む前よりも白に近い灰色だ。なぜ?胸の黒いもやもやも少し軽くなっているようだった。


 

 とうとうサタナエルの誘惑があの子の元へ。
 いつかは来ること。
 ええ、いつかは来ること。
 この世界の秘密をあの子へ。
 ええ、あの子へ。

 

 (続く)

 

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