終章 灰色の翼持つ美しき者たち
私は、今木々が言ったことを半分飲み込むか飲み込まないかであったが、とにかく引き抜いてみなければ分からないのだろうと思い、剣を引き抜くことにした。木々の導きにより、不思議と不安は感じなかったからでもある。
私は、円形の岩を乗り越え、剣の柄を持つと両手で力を込めて引き抜く。なんだか頭の中に映像、そして記号のようなものが流れ込んできた。
筆、鉛筆、シャープペンシル、タイプライター、パソコン……
ア 亜 A あ
そんなものが私の頭の中に入ってくるとき、私は剣を見つめ呆然としていたのだが、剣の切っ先がみるみるうちに尖っていくのが見てとれた。
「その剣こそが”諸刃の剣”。新しい世界に生まれ落ちてあなたの持ち物になるもの。あなたは限りなく白に近い灰色の姿で世界に生れ落ち、夢見て憧れ、そしてやがて絶望や孤独や悲しみを知る。そして人や自分を傷つけることも、守ることも出来る剣を得る。それは、世界で知識・力と呼ばれるもの。エデンの園で知識のリンゴであった姿はいろいろと変化していった。知識の中には、科学、哲学、宗教学、物理学、心理学、言語学などいろいろなものがある。他にも、肉体的、経済的、地位、名誉などの力もある。それらは強大な力を持ちえる。ちなみに今あなたに送ったのは言語を得る力。あなたはこれで言語が身についていく。記号を操り、人にものを伝えることが出来るようになっていく。剣の切っ先がみるみる尖ってきたのを見たでしょう。知識や力を得るほどに磨かれていく剣は、自分や他人を傷つけることも守ることも出来る”諸刃の剣”。そして、それはいつも灰色の翼持つものが目覚めるとき、私達が守るこの場所に保管されているのです。」
――さあ、それを持って旅立ちなさい。新しい世界へと。私達が最後にここからメッセージを送ります。
木々達のメッセージ
生れ落ちたとき人は、限りなく白に近い灰色。
だけど、いつか君は孤独や絶望を知るだろう。
人を憎んで傷つけたくもなれば、自己嫌悪だってする。
自分が嫌いでたまらなくなったりする。
そんな時、羽が黒に近い灰色に見える。
だけど、人の持つ羽は黒に近い灰色にも、白に近い灰色にも変化する羽なんだ。
彼らの翼は灰色なんだ。
愛や光を求める思いがある限り、けして真っ黒に染まることはないんだよ。
それが、人が憎しみなどの心の闇をも包括し、愛と光を目指せる証拠だ。
心の闇さえも包めると「あの人」は期待したのかもしれないね。
そしてあの時、楽園で人が知識のリンゴを食べるという罪を犯した後でさえ、
まだ期待しているのかもしれないね。
そんな「あの人」の姿もとても、そう、人に似ていて。
だから私は、「あの人」のことを「あの”人”」と呼んだ。
「あの人」は人間を、自分の姿に似せて作った。
だから、炎という光から作った天使とは異なる。
だから人は闇をも内在できる。包み込むことが出来る。
サタンのことで、困ってしまった「あの人」は人に自分の思いを託した。
自分だけではどうにも出来なくなってしまって。
口調は「5%の責任を人に与ゆ」などどいかめしかったんだけどね。
そうして「あの人」は人間に責任と呼ばれるものを託しているから、
人は運命に定められるのではなく、「あの人」や「サタン」を妄信するのでもなく、自分で選び決定する力を持つ。
闇をも包括し理解できる、サタンの痛みも悲しみも、愛を求めた淋しさをも理解し、包み込み癒すことだって出来るんだ。
諸刃の剣の力を上手く使って。光を感じて。
彼らの翼は灰色だから。
そしたらある日、風が吹く、翼を広げ舞い上がらせる創造の風が吹く。
光を受けた灰色の翼は銀色に輝き、知力と創造の風をもって飛翔できるんだ。
サタンの痛みや孤独さえも抱きしめ、天使だった頃のサタナエルの12枚の翼のように美しく。
人は、思い出を胸に、他の人々の思いを胸に、光を受けていることを感じることが出来るとき、
風を感じたら、舞い上がる喜びを感じることが出来る。
そのとき彼らの翼は光を受けて輝くよ、銀色に。
羽ばたけるよ銀色の翼で。
その思いを光を伝えたい、多くの人に。
空を見上げよう。足元の柔らかい草と、そよぐ木々の喜びを感じつつ
人が人であるゆえに感じる永遠の孤独を抱きしめて。
いつか自由に空を飛べる日を夢みて。
そう、いつか輝く姿になれる日まで。
エピローグ
この世界に旅立った、ある灰色の翼もつもののひとりごと
私は私の中にいる悪魔ごと抱きしめるように祈り続けていたい
そうするとき 羽をはためかせる天からの風が吹くことがある
天上から注がれるような光と風を感じるんだ
私は私と私の持つ剣に光を受けると 灰色の翼広げ 走り
せいいっぱいの思いをこめて、その剣を振り下ろす
時には失敗もあるだろう 他人や自分を傷つけてしまうことだって
だけど
上手く風を受けたなら 飛べるかな? 少しだけ
飛べるかな? もう一度
そして羽ばたき 風を創れたなら 届くかな? 少しでも
伝わるかな? もう一度
そして私はまた剣をしっかり握り締めると大地につきたて空を見上げる
悪魔が現れても切りたくないと願いつつ
感じた痛みや孤独達を抱きしめることの出来る日が来ることを願いつつ
全て愛し愛されることを願いつつ
「銀の翼持つ美しき者」になれる日を夢見て
―完―
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